ワイルドローズ アゲイン



ここは・・・?

・・・どうして僕はここにいるんだろう。

何だか言い知れぬ不安が呼吸を荒げて、必死にそれまでの状況を辿る。

あれから・・・バスケットの試合が終わって和泉たちと体育館を出て・・・。

そうだ、すぐ反省会をしようという話になって、皆でレストルームに行ったんだ。

むすっと押し黙る和泉は、北沢に腕を引っ張られながら。

それでも皆で冷静に試合を振り返って話をしていると冗談や笑い声も出るようになって、いつしか和泉の表情も和らいで・・・。

そのうち誰かがお腹が空いたとか言い出して、そこで解散になった。

各自部屋に戻って、僕も・・・。

あっ・・・その前に、和泉から声をかけられたんだ・・・。


『 おれたちシャワー浴びたらすぐ食堂行くけど、聡も来るだろ? 』

『 うん、行くよ 』


確かそんなふうに答えた・・・。僕も食堂に行くはずだったのに・・・。

なのに・・・ここは・・・


―綺麗だけれど人工の灯かりは寂しく

月の明かりはよけい夜の暗さを引き立たせる―


忘れようとしても忘れられない風景。

二度と来たくはなかった場所で、僕はまたこの風景を見ている・・・。

どうして・・・どうして!僕は戻って来れたはずなのに!

再び深い暗闇が僕に襲いかかる。


―暗闇の中から湧き上がる思い どうして僕だけが―


ああ・・・誰か・・・。


ひらり。

ひらり、ひらり、

真っ暗闇の天上から薄いピンクの花びらが舞い落ちて来て、

一瞬のうちに落ち行く花びらが渦を巻く嵐のように舞い上がった。


ザザザァァ――――。


桜舞い散るその中で・・・先生!

先生・・・?


―先生が白い小さな花びらを集めてよって

手元の花びらは真珠のように 白く淡く輝いて―


シロツメグサの花冠が、ふわりと僕の頭上に降りて来た。


―君が生きている意味は この白い花冠

花さえも触(さわ)れないと嘆く今日でも 明日にはこうやって

花に触(ふ)れることが出来るかも知れないだろう―


頭上の花冠にそっと触れてみる。

柔らかな白い小さな花びらを潰してしまわないように両手で持ち上げて、ほら花だってもう触(さわ)れる。

深い暗闇に怯える自分の心を打ち消すように、目の前にかざしたその刹那―――。


「・・・さとし!」


僕を呼ぶ声!先生!? パンッ!! 破裂音がして、

手にしていた花冠が引き裂かれるように、暗闇の中で白い花びらを散らした。


「うわぁぁーっ!!」



「さとし!・・・おいっ!聡!!」

ドンッ!ドンッ!と、ドアを叩く音。

「入るぞ!!」

荒々しく部屋のドアが開いて、和泉が飛び込んで来た。

「・・・和泉。何?いきなり、驚くだろ・・・」

「驚くだろって、それはこっちのセリフだ!待ってても食堂に来ないし、様子見に来たら悲鳴が聞こえるし!」

心配を通り越してあきらかに怒っている和泉を見て、やっと目が覚めた。

夢の中で僕を呼ぶ声は、和泉だった。

「あ・ぁ・・・ごめんね。少し横になっていたら、いつの間にか眠っちゃってたみたいで。
悲鳴?・・・何だか変な夢を見て・・・・・恥ずかしいな、子供みたいだね」

大勢の中で長時間、その時は夢中だったから気が付かなかったけれど、部屋に戻ると急激に体に疲労を感じた。

ずっと調子が良かったので、少し油断していたのかもしれない。

「何が恥ずかしいんだよ。・・・聡、すごい寝汗だけど具合悪いんじゃないの?」

本当は具合が悪いなんて悟られたくはない。しかし寝汗まで指摘されたら、誤魔化すわけにもいかなかった。

「・・・うん、少しね。でももう大丈夫だよ」

それでもあまり心配されても困るので、笑顔で取り繕った。

「ふぅん・・・。じゃあ、食堂に行こうぜ」

取り繕った僕の笑顔は、無表情な和泉で返された。

「和泉・・・・・・。僕はもう少し休んでから行くから・・・」

「無理するな。メシが食えないって、大丈夫じゃないだろ」

和泉の表情が、一転心配そうに歪んだ。

和泉の言うとおり、食欲は全くなかった。ズバリ言い当てられて、返す言葉もなかった。

校医の川上先生からいつも言われていることだった。


―食事はきちんと食べれてる?―


「医務室に行けよ、おれもついて行くから」


―調子が悪くなったらすぐ来るんだよ―


普段何でもない時はそんな川上先生の言葉も当たり前に聞きながら、悪くなればすぐ診てもらわなければと思っていたのに。

いざそうなると行くのが怖い。

せっかく戻って来れたのに、またあの風景に逆戻りするんじゃないかと・・・。

再発の不安が、僕に深い暗闇を呼び戻させる。

「聡・・・?」

黙ってベッドに腰掛けたままの僕は、再度和泉に名を呼ばれて促された。

「そうだね、行くよ。でもひとりで大丈夫だから。和泉は、お腹空いてるだろ。途中まで一緒に行こう」

「何言ってんだよ。大丈夫そうじゃないから、言ってるんだろ」

「和泉・・・」

「それ以上言うと、兄貴を呼ぶぞ」







和泉についてきてもらって、オフィスセンター内の医務室に向かう。

外はすっかり日が暮れていて、校内の至るところに設置されている外灯が明るく周囲を照らしていた。

途中で野バラの中を通り抜ける。合い中に小道があり、その両側にバラが咲いていた。

この間見たときはまだ蕾みだった淡いパステルカラーの黄色のバラが、早咲きの赤やピンクのバラに混ざって、小振りながらたくさん咲き誇っていた。

そして、綺麗に整備されたバラの垣根。

文句を言いながらも、きっちりと花の世話をしていた三浦と谷口。

手折れたバラの花は見当たらなかった。


「聡はホント花とか好きなんだな」

バラの花から目を離さない僕に、和泉のやや呆れた声が聞こえた。

「うん、好きだよ。だからまた触れるようになったときは、嬉しかったよ。
・・・この前ね、ここのバラの花が手折られていたんだ。それもけっこうな数」

「・・・悪戯?」

「みたいだね。今は綺麗になってるだろ、友達が手入れしたんだ」

敢えて三浦と谷口の名前は出さなかった。

「ふ〜ん・・・兄貴もその悪戯のこと知ってるの?」

「もちろんだよ。友達は先生に言われて、手入れしているんだって言っていたから」

「そんな悪戯する奴はろくな奴じゃないね。聡の友達が兄貴を手伝っていても、聡は変に首を突っ込むなよな」

和泉はあのサニタリールームの時と同じに、僕と先生との接触に釘を刺した。


「ねぇ和泉、本当に先生を呼ぶつもりだった?」

「・・・いや。聡の尻叩いてでも、おれが連れて行ったさ」

少し空いた間を冗談で埋めるように早口で切り返した後、ふいっと僕から顔を叛けた。


―それ以上言うと、兄貴を呼ぶぞ―


顔を叛けた和泉の真意は、図りがたかった。





夜間用入り口の受付で学年、クラス、名前と簡単な症状を申告して、医務室へ入る。

和泉と二人で中の椅子に腰掛けて待っていると、パタパタと慌しいスリッパの音がしてドアが開いた。

「村上君が来ているって?」

看護士を伴って、川上先生が入って来た。

「川上先生、まだいらしてたんですか。・・・良かった」

「ふん・・・どうやら、張り切りすぎて疲れたようだね。診察室に入りなさい」

「あ・・・はい」

まるで先生は僕の疲れの原因がバスケの試合にあるのを、知っているかのような口振りだった。


「・・・先生、お久し振りです」

「元気そうだね、何よりだ。和泉君、君が村上君を連れて来てくれたのかい」

それは些細な両者の雰囲気だった。

僅かな空気の流れながら、和泉の挨拶と川上先生の和泉を本条君とは呼ばず和泉君と呼ぶところに、一般生徒にはないさらに踏み込んだ関係が窺がわれた。


「おれが、聡をバスケの試合に誘ったんです。観客席で見るっていうのを、無理にベンチに引き入れたから・・・」

「楽しそうだったって、本条先生も言っていたよ。村上君は、心配ないから」

「兄貴が?」

不思議そうに呟く和泉を置いて、川上先生は診察室のカーテンを閉めた。



「食事は?」

「・・・まだです」

「食べれそう?」

「・・・あまり、欲しくありません」

そんな簡単な問診の後、軽く胸と背中に聴診器が当てられて、あっさりと診察は終わった。


「取り敢えず今日は、ここに泊まりなさい。ゆっくり休んで、遅くなっても食事が出来そうになったらコールして。
胃に負担の無いものを用意させておくから、少しでも良いから食べなさい」

「・・・先生」

僕の不安を察してか、川上先生はいつもの笑顔でゆっくり向き直った。

「疲れはどんな人にでも出るものだよ。君にとって大事なことは、それを感じたら無理をしないことと、きちんと食事を摂ることだ。
薬はあくまで補佐にすぎない、経口摂取が基本だよ」


医務室の奥には、カーテンで仕切られた何床かのベッドがあり、風邪などの長引く治療を要する時は普通の病院と同じ、これも何室かの個室がある。

寮生活において病気で寝込むことがあっても、学校の設備は万全だった。


診察が終わってカーテンを開けると、椅子を蹴倒すようにして和泉が駆け寄って来た。

「聡!」

「和泉、待っていてくれたの?大丈夫なんだけど、今日はここに泊まることになったんだ」

「そっか、その方がいいよ。おれも安心だよ」

和泉はやっと安心した顔を見せた。

「・・・心配かけて、ごめんね」


「さぁ、村上君は奥の部屋へ行って。看護士さんがベッドを用意してくれているから。
それから和泉君はちょうどいい、本条先生が来ているから会って行きなさい」

先生が・・・。どうりで川上先生が僕たちのことを知っていたのも頷ける。

「やっぱり兄貴来てるんですか!?珍しい・・・」

「だねぇ・・・私は彼に嫌われているからね。彼は病気になっても怪我しても、自分からここに来ることはまずないしね。
もうひとり生徒がいてね、その子についてる」


―ちょうど揉めている最中に先生の携帯が鳴って、電話が終わられると急用が出来たと慌てて帰られました―


それが川上先生からの呼び出しであることは、これで充分にわかった。

川上先生は嫌われていると言いながら、全く気にしている感じはなかった。

「看護士さんが和泉君の来ていることも伝えているから、もう来ると思うよ」

「川上先生、僕も本条先生に会いたい。ひと言挨拶したら部屋へ行きますから」

「・・・おれは、別に会わなくてもいいんだけど」

和泉が小声でぶつぶつと言っていると、奥の部屋から先生が現れた。

試合を観戦していた時と同じ格好のままだった。


「和泉!聡君も!・・・聡君は大丈夫かい」

「先生、大丈夫です。ちょっと疲れが出たみたいで、でも和泉が心配してくれて、連れて来てくれたんです」

「そうかい、ちょっと頑張りすぎたみたいだね。和泉が言うことを聞かないから、よけい疲れたんじゃないかい」

僕が和泉を名前で呼んでいることで、既に先生は僕と和泉が友人関係にあると承知したような話し方だった。

「何だい、それ・・・」

先生の言葉に、和泉は膨れっ面で口を尖らせた。

「ゆっくり休むといいよ。後で僕も寄るから、聡君はもう部屋へ行きなさい」

「はい。・・・和泉、ありがとう」

「ん・・・明日、また来るよ」

和泉は先生の後ろで、小さく手を振った。




看護士さんが用意してくれたベッドに入る。ひとつひとつ充分なスペースを取っているので、狭苦しい雰囲気はなかった。

僕の他にもうひとり。その言葉通り、僕と反対側のベッドのカーテンがピタリと閉まっていた。

備え付けの寝間着に着替えてベッドに入る。

体に疲労は感じるものの、寮の部屋で寝ている時よりもずっと気持ちは楽だった。

川上先生による診察は、僕の不安をきれいに取り除いてくれた。

もう怖くない。ゆっくりと目を瞑る。心が落ち着くと体も癒されていくようだった。

少し眠って次に目が覚めたら、何か食べよう・・・。

やっとそんな気持ちになれてうとうとし始めた頃、閉めているカーテンの外側が揺れた。

「・・・誰?本条先生?」

先生にしては早すぎると思いながらも、ぼんやりした頭では思考も上手くまとまらなかった。

「あの・・・ちょっといいですか」

カーテン越しに声がしたかと思うと、ひょいと隙間から優しい面立ちの顔が覗いた。

「君・・・」

覗いた顔は、僕と同じ年くらいだった。

体を起こすと、それがオーケーの返事だと思ったようで、カーテンの内側に入ってきた。

僕と同じ寝間着を着ていた。彼がもうひとりの生徒だった。

「・・・村上さんですよね。一度お話したかったんです」

「君は・・・君の名前も教えて」

そうでしたね、すみませんと優しい面立ちの彼が名乗った名前は


―高等部 1年 朝倉 雅美(あさくら まさみ)―


額の中央で分けられたやや長めの前髪を、長い指先でかき上げる。

前髪が退いて額が出ると、一瞬女子と見間違うほどのきれいな富士額(ふじびたい=髪のはえ際が、富士山の形に似ている)だった。

しかしそれよりも目を奪われたのは、長い指先のその両手に包帯が巻かれていることだった。

「・・・何ですか?ああ、これ。痛くもないのに包帯なんか・・・。大げさですよね」

朝倉は自分の両手を見つめながら、口の端をつり上げて微笑んだ。

その微笑みに、優しい面立ちとはそぐわない冷たい笑顔を感じて、戸惑いを覚えた。

「・・・ごめんね、少し疲れているんだ。長くなるんだったらまた今度にしてくれないかな」


「学校のHP(ホームページ)で村上さんのことを知って、すごいなぁと思いました。お会いすることがあったら、一度訊いてみたかった」

朝倉は冷たい笑顔を浮かべたまま、僕の言葉を無視して話を続けた。


「・・・・・・何を?」


静かに魔物がやって来る


「どうしてそこまで生に執着出来るんですか」


魔物は僕の正面から


「・・・・・・・・」


鋭い茨のトゲとなって


「教えて下さい。僕には考えられない・・・みっともなくて」


絡みつく


「・・・どんなにみっともなくても・・・僕は執着するよ。それが・・・僕を支えてくれる皆に、僕が出来る唯一のことだから」


抵抗すればするほど


「へぇ、その人たちのために生きているんですか。
村上さんのような人でも、自分の浅ましさを都合のいいように解釈するんですね」


きつく僕を締め付ける


言葉の魔物



朝倉のくっきりした二重瞼の目が、ほとんど瞬きすることなく僕を見つめる。

優しい面立ちの影から、目だけが強く鋭く。冷たい笑顔の正体。

ここでやっと気が付いた。朝倉は僕に敵意を抱いている。

僕は朝倉とは初対面だけれど、朝倉は学校のHPで僕のことを知っていた。

きっとその中の何かに、彼の気に入らないことがあったのだろう。


「・・・もう気が済んだだろう。自分のベッドに帰ってよ」


「どういう意味かわかりませんが、帰りますよ。訊くことも聞けたし。・・・期待していたほど面白くはなかったけど」




朝倉が帰ってホッとしたものの、気持ちは一気に沈んだ。

体は鉛のように重く、ベッドに押し付けられる感覚に寝ることも適わない。

考えまいとしても、疲れた体はどんどん心を蝕んでいった。


生への執着・・・自暴自棄になったこともあったけど、どっちがみっともないのかな・・・。


足元にガラスのコップを落として、その破片で指先を傷付けようとしたとき、息が詰まるほど先生に胸倉を掴まれて・・・。


―くっ・・苦しい・・・、先生・・やめ・・―

―苦しいかい・・・生きている実感なんてないだろう。君がしようとしていたことはこういうことだ―


膝に乗せられてお尻も叩かれた・・・。記憶では、お尻を叩かれたことより泣き喚いていたことの方が残ってる。

思い返すと恥ずかしいな・・・子供みたいだ。


和泉にだって・・・。


―悲鳴?・・・何だか変な夢を見て・・・・・恥ずかしいな、子供みたいだね―

―何が恥ずかしいんだよ。・・・聡、すごい寝汗だけど具合悪いんじゃないの?―


―ねぇ和泉、本当に先生を呼ぶつもりだった?―

―・・・いや。聡の尻叩いてでも、おれが連れて行ったさ―


昼間のバスケの試合のときは、ずいぶん和泉にえらそうなことを言っていたくせに、僕のほうがまるっきり子供だ。

・・・・・・会いたい、和泉。まだ先生といるのだろうか。

呼べばすぐ来てくれるだろうけど、僕がここにいたくなかった。

不意にカーテンが揺れるとドキッとして、何をそんなに怯えているのだろう。

僕はこんなにも弱かったのかと、情けなくなる。


完全に思考力を失った頭には、感傷だけしか残っていなかった。


鉛のように重たい体でも、まだ起き上がれる。寝間着のままなんて、いかにも病人みたいでいやだ。

制服に着替えて、ベッドを抜け出した。

廊下を渡って、非常出口から外へ出た。足は寮へ向かう。

病院から離れると、多少冷静さを取り戻した。

和泉に会いたくて抜け出したものの、理由を聞かれて朝倉のことを話したら・・・激昂する和泉の姿が思い浮かんだ。

和泉まで巻き込んでしまう・・・やはり先生に相談すべきなのか・・・躊躇いながらも、しかし気持ちは来た道を戻れなかった。

野バラの一角に差しかかる。ちょうど小道の途中まで来たとき、バラの中から人影が動いた。

すぐその人影は小道に躍り出て、僕の前を塞いだ。


「渡瀬!」

「聡・・・どうしたんだ、こんなところでひとり」

まさか渡瀬に会うとは思ってもいなかった。

「・・・寮に帰るところなんだ。渡瀬の方こそ、どうしたの。いきなりそんなところから出てきて」

「・・・・・・パトロールだ」

「パトロール?」

心なしか渡瀬の顔が赤らんだような気がした。

「今夜から2〜3日、この辺りを夜間見回るらしいけど・・・さっそく来ない」

「先生?」

「他に誰がいるんだ」

夕食後先生から携帯にメールが来て、仕方なく野バラのところに行ったが先生はおらず、かといって帰るわけにもいかず・・・。

一応見回りをしているところだと渡瀬は説明した。


先生はたぶん和泉と一緒にいるよって言ったら、さすがに渡瀬でも怒るかな。

それとも「いつものことだ」と、ため息をひとつ漏らして見回りをつづけるのかな。

律儀に見回っている渡瀬が、とても渡瀬らしくて可笑しかった。

「ふふっ・・・」

「他人事だと思ってるだろ」

犯人探しのような見回りがカッコ悪いと思っているのか、渡瀬は照れを隠すように睨んだ。

「思ってないよ。渡瀬らしいなって・・・几帳面でなんだかんだ言ってもちゃんと・・みんなの面倒み・る・・・・・うっ・・うぅ・・・」

「・・・聡、どうした?」

「渡瀬・・・僕は・・・うっ・・ひっく・・・」

「そういえばマスク、しなくていいのか?していないから気が付いたけど、顔色あまり良くないな・・・。
バスケの時は元気だったのに、頑張りすぎたか」

渡瀬は涙の理由(わけ)は無理に聞こうとはせず、先生と同じようなことを言いながら、片方の手で僕の背中を擦った。



「あ〜あ、泣いちゃった」


野バラの中に、朝倉がいた。


思わず震え上がって後ずさろうとした僕を、渡瀬は咄嗟に背中に添えていた手を肩に回して、強い力で自分の方へ引き寄せた。


優しい面立ちの影から覗く、冷たい笑顔はそのままに。

朝倉は制服ではなく、病院にいた時と同じ寝間着にガウンを着ていた。


外灯の明かり、陰影に映える野バラ。

美しく気高く、私を手折る者は刺すよと鋭いトゲを隠そうともせず。


朝倉が野バラの中から小道に出て来た。


それまで険しい視線で朝倉を見ていた渡瀬の目が、はっきり怒気を帯びた視線に変わった。

渡瀬の声が、短く断定するように響いた。


「お前か」







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